「ねえ、ねえってば」
「・・・ああ、ごめ。なんか言ってた?」
たしかそう、5分ほど前に私は彼女と話していた。
もう付き合って1年ほどになる恋人。
同性の、恋人。
「もー、いつも話し聞いてないんだからなァ・・・」
ぶすっとむくれてそっぽを向く。
かわいらしい、女の子らしい彼女。
「ごめんってば、わざとじゃないんだよ〜」
おどけて笑ってみせる私。
嘘なんかじゃない、偽りでもない、彼女と話す私、偽者なんかではない。
けれどもほんの少し、違和感を感じる。
「大丈夫、それでも好きだから」
ちょっと照れながら言う彼女。
ありがとう、と小さく口ごもった私。
彼女に私は一度たりとも、好きと口にしたことは無かった。
一年前、彼女と付き合った。
理由なんてなかった、強いてあげるなら興味があったから。
人が人を好きになる、ソレはごく自然の事なんだろう。
けれど私には理解が出来なかった。
人に関して言えば好きにも嫌いにもならない、興味もあまり沸かない。
それを揺らすきっかけにさえなれば、そんな風に思ったりもして。
その所為で彼女はいっぱい傷ついた。
気がつかないうちに、見てない所で、見えない所で。
それでも彼女はうわ言のように繰り返す、「愛してる、好きだよ」と。
「ねえ、」
「ん・・・」
ちょいちょい、と手招きをされておもむろに近づいた。
引き寄せられて抱きしめられる、しかし抵抗はしない。
「好きだよ、愛してる」
お互いの顔は見えなかった。
夕日に照らされて白いブラウスがオレンジに輝いて眩しい。
「・・・うん、わかってる」
「ごめんね、ごめん」
好きでいてごめんなさい。
小さくそう呟いた。
「・・・」
ぎりっと服が音を立てるくらい彼女は強く抱きしめた。
ほんの少し肩が軋んで痛みを生じる。
「好き、ごめんね。この気持ちは貴方を傷つけるってわかってる、けど好きなんだ、ごめんね・・・」
「・・・」
何か言わなくては、そう思ったけれどうまく舌が回らない。
カラカラに乾ききった口は音を出すことなく閉じられる。
「ねえ、私たち、もう駄目なのかなあ」
呼吸を無理やり止めたような、そんなちいさな嗚咽が聞こえた。
「・・・わからない」
唯一振り絞って出た声は、かすれていた。
「好きだよ、私は貴方のこと、好きだよ」
彼女は顔を俯かせたまま、抱きしめる力は少しずつ弱くなっていった。
「・・・うん」
「貴方は、私のこと、一度も好きになってくれなかったね」
苦しかった、寂しかった。
そういいたかったんだろう、彼女はそこで止めた。
最後まで私を傷つけるのが苦手な、彼女。
優しい彼女に甘えてた私の報いは、なんだろうか。
「愛してる、愛してるよ」
せめてこの時を忘れぬように、そっと目を閉じて彼女の温かさを身に閉じ込める。
「好きがわからなくて、ごめん」
これが答えだと、彼女は察したのだろう。
泣くようにして彼女は笑って、そして
「愛してる」
と呟いた。
強く抱きしめられた肩の痛みよりも、
心が、痛かった。
僕は人を愛せない。
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