もうちょっと、マシな大人になるつもりだった。
幼い頃は、ちゃんと働いて、ちゃんと生活して、ほどよく仲がいい連中がいて、それで…
親父やお袋のようになるつもりなんて、全くなかったのに。
「おいおい、今日で4ヶ月目だよ?今月こそ払ってもらうからな!」
「・・・すいません…、今月には必ず・・・」
「お前ェそれ何度目だ、これで払えなかったら出てってもらおうか、ウチだって慈善業じゃないんだ。・・・ったく、この不景気に限って・・・」
大家はぶつぶつと文句を零しながら俺の家を立ち去った。
4ヶ月、4ヶ月間、俺は引きこもっていた。
働いてた中堅クラスの会社も辞めて、仲がよかった連中とも縁を切り、付き合って1ヶ月の可愛い彼女とも別れた。
俺には今、何もない。
そう、何も無いのだ。
空虚、空しいくらいの、まるで俺の部屋の中と心は連帯してるかのようだった。
住んでからもう2年になるというのに、バカみたいに壁は入った頃の作りたての部屋同様の白さと無機質な塗装の臭い、そして殺風景さが嫌味のようだった。
人間という仕事をやって20年、何も俺の中にはなかった。
人間という仕事をやめて4ヶ月、やっぱり俺の中には何もない。
全く何もない、真っ白な部屋の中にポツリとある木製の椅子がまるで俺みたいで嫌気が差して思わず部屋を飛び出した。
年甲斐もなく走り出して十数分、息が切れ始めて立ち止まる。
否、公園を見つけたから立ち止まる。
よくガキの頃に遊んだ公園だ。
遊具は錆付いて、動かしたらきっと悲鳴のような声を上げるのだろう。
錆付いた遊具以外はたいして風景は変わっておらず、なんとなく安心する。
昔はパステルカラーだったブランコに腰を下ろし、錆びた鎖に手を伸ばす。
ポン、と手が添えられ弧を描くように宙を滑った。
何も考えず、ただひたすら膝を曲げたり伸ばしたり、を繰り返し風が耳元で切る感覚に浸る、それだけが気持ちよかった。
しばらくそうしていると、何考えているんだろうとハっとする。
我に返って恥ずかしくなり、今更ながらブランコを降りると突如後ろからTシャツの端を引っ張る何かの衝動が走った。
恐る恐る振り返ると、真っ白の服をきた凶悪な笑みを浮かべた男が立っていた。
「な、んだよ」
「初めまして」
「あんた、誰?」
「だから初めまして」
ニコニコと笑いつけながら彼は手を差し伸ばしてきた。
・・・握手、のつもりなんだろうか。
初対面にして、白装束を着た胡散臭い男と握手をするつもりには到底なれなくて無言の拒否をすると男は残念そうに差し出した手を下ろした。
「何か、用なんですか」
もしかしたら道を尋ねたいのかもしれない、とポジティブシンキングを忘れずに気を取り直して話を振ってみる。
しかし男は腕を組んで考える素振りをし、違う、と言う雰囲気を醸し出す。
「俺はね、」
何を言うのだろう、そう考えて思わず力む。
貴方のヒーローです
(コイツ頭大丈夫だろうか)
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