にんげんぎらい。
ふと目がさめるとそこは見慣れた部屋だった。
・・・自分の部屋ではなく、他でもない我が人間で唯一の恋人と呼べる人の部屋である。
首をわずかに横にして部屋主を探すが見当たらない。
それより、首がわずかにギギギ、と嫌な音を立ててひどく痛む。
仕方なしに窓を見れば、夏らしく夕立が降り注いでいた。
「・・・おきたのかよ」
のっそりと機嫌が悪い声が部屋に響く。
ああどうやら不機嫌のようだ、怖い怖い、と心の中で嘲笑し、声のする方にあまりいい音のしない首を傾ける。
「おはよ」
「またお前はやったのか」
戸口に寄りかかって責めるように彼は言う。
「何を?」
「しらばっくれんな」
彼は僕を生かそうと必死だ。
人間を愛せる彼。
人に優しくできる彼。
人に触れられる彼。
嫌悪する。
何故そうも人間を愛するのだ。
軽蔑する。
何故そんなにも人を好きになれるのだ。
憎悪する。
何故僕を見つけてしまったんだ。
「なんで、君は僕を生かそうとするの?」
何回目の質問だろう、彼は決まって同じ答えを繰り返す。
『大切だから、消えてほしくない』
「それって君のエゴじゃない。僕と君は同じではないんだ、共にはなれないんだ」
どう命を使おうと関係ないでしょ、と言い捨てる。
苦虫を噛み潰したような、苦しげな表情。
・・・悪くなかった。
この表情は僕だけの、唯一であるのだと思い優越感に浸れる。
僕は人間なんか愛してない、愛せない。
けれど僕が愛しい死に会いに行く時の彼の表情はまるで、僕の愛する死に恐怖し、畏怖した哀れで無力な子供のようなのだ。
「なんでそう命を大切に出来ないんだ・・・」
小さな呟きは僕の耳にしっかりと聞こえていた。
「何をいってるの?大切にしてるじゃない」
「団地の上で飛び降りて自殺未遂することが?毎回毎回心配する身にもっ・・」
ずんずん近寄って彼は詰め寄ってきた。
「心配なんか要らないよ、大きなお世話」
「、・・・恋人の心配をして何が悪い・・・!!」
形だけのな、と心の中で僕は笑った。
彼は人間を愛せる、
僕は死しか愛せない。
一方通行の愛なんて成立しない事ぐらい初めからわかっていたくせに。
「恋人?随分愉快な勘違いだね」
夕立の音がかすかに漏れて、まるでそれ以上を口にするな、とでも言うようだった。
「僕が愛しているのは死だけだよ、君じゃない」
「・・・じゃあなんで、」
次に何を言うのかなんてわかりきったことだった。
未遂に終わってしまったけど、次は外さない。
痛む体を引きずり、窓枠に一瞬で駆け寄り、足をかける。
「これは復讐だよ、僕を見つけた君への。忘れるな。僕を忘れるな、死を愛した、君を愛さなかった恋人を忘れるな。」
それが君への復讐、罰だから。
幽かに彼の瞳が揺らいだ。
雨が一瞬の感覚だけど、冷たく降り注ぐ。
空気を切り、重力に従ってスルスルと落ちていく。
もう彼は止めなかった。
愛する恋人に会う僕を、彼は引止めやしなかった。
人間ぎらい。
(今、あいにいくからね。)
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