死神と人の子のおはなし。
俺の育ての親は、全く血のつながらない赤の他人だった。
本当の名前は教えてはくれなかった、けれどこう呼んでいた。
"J"と。
俺がいくつの頃だっただろうか。
とてもとても幼い頃、俺は何かの理由で親に捨てられてしまった。
きっと貧しい家だったから、育てる事が出来なくなったんだろう。
ゴミのように大都会の街の道に捨てられて、ただただ俺は泣くしかできなかった。
無力な幼い子供だったんだ。
最後の親の顔は、とても険しい顔をして何も言わずに去っていった。
その瞬間からまるで赤の他人になったかのようだった、怖かった、ただ寂しかった。
何時間経った頃だっただろう、とにかくものすごい時間が経ったかのように思う。
頭の真上にあったはずの太陽が、気がつけば自分の目線に近い位置にあり、オレンジ色の太陽が寂しげに揺れれていた。
…夜がやってくるのだ。
ついこないだまで、母親と父が夕方になると夕飯を作るために買い物に出かけて、それに俺もついていってたのに。
どうしてこうなったのだろう、何故自分はこんなところにいるのだろう。
呆然と立ち尽くしていた足が段々と疲労と脱力感によりがくりと崩れた。
冷たいごつごつとした地面の感触が直接地肌に伝わってぶるりと震える。
これから、俺はどうなるんだろう。
考えられなかった。
ポケットに入っているのは木で出来たボタンと棒付きキャンディーが2本、わずかな2枚の硬貨。
このボタンはそういえば母さんのカーディガンに悪戯していた時に取れてしまって、しかられたくなさに咄嗟に洋服のポケットに忍ばせていたものだった。
じんわりとついこないだのことなのに、寂しくなってボタンをぎゅっと握り締める。
木製のボタンは体温を吸ってなんだか生温かかった。
――バンッバンッバンッ
突然耳をつんざく様な破裂音がどこかの細い通路から響き渡った。
なんともいえぬ奇妙な不安感と恐怖が一気に押し寄せて、身を隠すかのように通路の細い道の裏にぴったりと寄り添う。
まだ大きな破裂音は止まなかった。
空気を割るような破裂音は段々近づいているような気がして身震いがする。
この音は、なんなんだろうか。
「おらちょこまかしてんじゃねーぞ!」
「ハッ、当たったら痛ェだろうがクソガキがッ!」
怒声と共にまた一つ大きな破裂音が響いた。
歩いてすぐの、大して距離もない所からだった。
「おいガキ、こんなトコで遊ぶんじゃねーよ」
「…?」
頭上から声が降ってきた。
後ろの壁を見上げると建物の梯子に大きな細長い筒と小さなピストルを持った男が片手一つで立っている。
「なんでこんなトコいんだよガキ、親はどこいきやがった?」
言うが早いか降りるが早いか、というタイミングでパっと俺の真横に着地する。
俺は自分の所に落ちてくるんじゃないかと疑って、咄嗟に頭を腕で覆い隠したが特に必要はなかったようだ。
「お母さんもお父さんも、どっかいっちゃった」
「はァ?」
「俺を置いて、車でどっかいっちゃった」
そう言うと男はしばらく考える素振りをするが、突然苦渋の顔を見せて小さく唸った。
「あー畜生が、忘れてた」
ぽたりぽたり、と男の肩から赤い液体…血が涙のように零れていった。
どうしてだろう、痛そうだとか怖いだとか、嫌悪を感じるよりも。
…きれいだと思ったのだ。
「手当て、しなくていいの?」
「あ?あー…しなくちゃいけねーけど、今はそうもいかねェなァ」
「何故?」
「お前が居んだよお前が!」
どうして俺が関係するんだろう…などと考える間もなく、痛む肩ではない方の腕を差し伸ばして男は言った。
「とりあえず、ここから逃げるぞ!走るぞ、お前チンタラ走ってたら置いていくかんな」
「・・・」
何故、最初から置いていかないのだろう。
言いかけた途中でやめた。
だってこの男には、何を言っても無駄そうだからだ。
死神と人の子のおはなし。
(どこまでいくの)(世界の最果てまで!)
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