死神とその弟子の憂鬱

モクジ



海を渡って、陸を乗り越え、そして世界の最果てへ。


何をしにいくのかわからない、あてのない旅路がはじまった。


「おいバカ弟子、風邪引くぞ」

「…うい」


俺とこの目の前の育ての親、Jと出会ってから早々5年もの年月が過ぎていった。



元々は盗賊だか海賊だかのJは同業者の連中に頼み込んであちこちをふらふらと一緒に航海やら旅やらをしている人間だったらしい。

性格はガサツで小さなことは気にしない、旅がただ好きな陽気な旅人だった。


旅人だから故、住む場所も明日眠る場所も勿論落ち着かない。

身の危険も勿論あるが故にJはいつもリボルバーを2丁持ち歩いていた。

いつだったかに何故リボルバーなのかを聞いたら、『いつでも自分で自分を殺せるため』なんだそうだ。


―…大人はよく分からない。



Jが銃しか使わないため、俺も自然と銃を使うようになった。
銃の使い方や戦い方、世の中のうまい生き方を覚えていくにつれて、文字も読めるようになった、大進歩である。

文字が読めるようになって俺は本に没頭するようになった時、主人公には『師匠』が居た。

戦闘や精神、考え方とたくさんのことを『師匠』から学ぶ主人公は『弟子』で、まるで自分たちのような関係だなあなんて思ったりして。

Jを師匠、と軽い気持ちで呼んでみたら、うれしそうに笑ってくれた。


それから俺たちは、師弟になった。




「師匠、今日はこの村で泊まるんすか?」


「ァー、そうだな、まあもうすぐ夜が来るだろうし。宿探してこい!宿!」

酒場をがっちり目から逃がさないように睨み付けながら師匠は言っていた。

…何も酒場は逃げやしないのに。



師匠と酒場の前で別れ、きょろきょろと村の中を散策してみれば案外あっさりと探していた宿は見つかった。

とりあえず安堵するとまた来た道を戻っていく。

…子供のおつかいのような気分である。




「…よぉ、あったか?」


酒場に入ってカウンター席に行くとすでに師匠は出来上がっていて素面と大して変わらぬ顔をまじまじと見つめる。


「ああ…ありましたよ」

そう応えると師匠は「そうか」と軽く返してまたお酒を煽った。

師匠の飲んでいるお酒の深い緑色の細い瓶を見つめながら、自分は水を注文した。



「お前水ばっか飲むなよ、たまには酒飲め酒!」

「俺酒弱いんでいいっすよ」

「あー…お前が酔っ払ったときはひどかった、ゲロりやがるし」

けらけらと笑いながら言う師匠がなんだか憎らしくてわざと多めに水を飲み干した。



「ずいぶんと楽しそうだなァ死神さんよォ」

「!?」

語尾をやたらと延ばす口調がふいに酒場に響くと一斉ににぎやかで騒がしいほどだった酒場は波を打ったように静まり返った。


「…どなただぃ?」

相変わらず師匠は余裕そうに笑いながら酒の瓶を口元から離すつもりはないらしい。


死神―…。


そう、師匠は同業者の連中からは死神と呼ばれていた。



「俺の事はァどうだっていい!それよりお前みたいな奴がこんなトコにいるたァどういう事だ!?」

くすんだ浅黒い肌に縮れた黒髪、大きなサーベルナイフ…もしかしなくても海賊かもしれない。


「こんな辺境の地に何の用だって?やーだねェ、俺だって隠居したいお年頃なのよッ」


言うとほぼ同時、師匠はリボルバー一本で海賊らしき男が襲い掛かってきたサーベルナイフを受け止めた。



「隠居したいお年頃ってなんすか、師匠」


「お前もちょっとぐらい空気読めし!俺襲われてるの、わーかーる?!」


余裕のくせに…とか思いつつもふいに酒場の外を見る。

この海賊の仲間と思わしきゴロツキの連中がずらずらと入り口に群れを作ってなしていた。



「あー…これは結構ピンチ、なのかな?」

ぼそりと呟いた声を聞いたか否か、途端に師匠は俺の腕をとって勢いよく走りぬけた。




「わりーな、ちゃんと口閉じてろよ?舌噛み切るかもしれねェからなあ」


師匠に引っ張られながらも懸命に脚を動かした。

結構こんなことは頻繁にある。


師匠が昔何をしたのかは知らないが、とにかく恨まれている人物であることに変わりはないらしい。



「あーこれ囲まれてるかも」

「マジか!」

後ろを見ながら俺が言うと突然師匠が立ち止まる。

無論言うまでもなく俺は止まれない、そしてお約束の出来事が起きて師匠が無言で睨み付けてくる。


いやだって、急には止まれないじゃない、何事も…なんていう心の中の言い訳なんてきっと聞いてはくれないだろう。


「師匠?」


「あー…逃げるのもきつそうだなァ」


苦笑しながら師匠はリボルバーをそっと手元に近づける。

無言の戦闘準備、俺も師匠に見繕ってもらった一本のリボルバーを握り締める。



一瞬だった。




海賊たちが群れで襲ってくるのを師匠は銃を撃つことなく銃のグリップで次々に殴りつけていく。

真似をしてやってみるが中々うまくいかない。


「師匠、これどうやってんすか」

「てめ、また空気読めよ!俺ら戦闘中、わかってる!?」

師匠が受け流す瞬間、『ウワアアアアア』とか奇妙な怒声やら奇声を上げて海賊共が斬りかかって来る。

…正直埒があかない。



「あーだりいなおい!しつけえ男は嫌われるぞコラ」

「…」

暴言交じりに師匠の動きが加速した。

海賊の誰かが村に火を回したようだ。

村人の避難に回る声が怒号する。



「てめえら卑怯だぞ!なんで関係のない人間にまで被害をもたらしやがった!?」


「お前に言えた義理か死神!貴様は何百人、何千人の人間をその手で殺めてきた!」

海賊共は勢いを増して大きく振りかぶる。


止む無く師匠は銃で殴りつけるのを止めて発砲しはじめた。



「もうこれ以上は殺さねえよ」



それは誓いの言葉のように神聖さすら感じられる。



俺も夢中になって銃を握り、急所には至らない場所を狙って発砲したり殴りつけたりした。


背中合わせになって、その戦いはようやく終わる。




じゃりじゃりと音を立てながら砂利を踏みつけて師匠は、師匠に声をかけた海賊の傍まで寄っていく。





「すぐに手当てすりゃ死にやしねえ、生きたければ…仲間を救いたければ、はやく手当てしてやるんだな」



紅蓮の散る中で、師匠だけが鮮やかに白く輝いていた。





「散々でしたね」


「んまぁな。悪ィなあ、やっとベッドで眠れると思ったのにまた野宿で…」


「仕方ないですよ、この道を選んだときから覚悟はしてました」


しれっとそう口にすると師匠は疲れたのか乾いた笑いをして荷物を枕に横になる。

焚き火がオレンジ色に師匠の顔を照らしていた。


「ガキなのに、こんな辛い思いさせるなんてな…」


ぼそりと呟いたのは懺悔の言葉か。


段々師匠は言葉を発さなくなり、やがて一定なリズムの吐息となって眠りについた。






「…生憎ですが俺は俺で決めた道に、後悔なんかした事はないんですよ」




聞こえていなくてよかった、なんて思いながらうつらうつらとやってくる睡魔に身を委ねた。








モクジ
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