貴方のために空は泣く

モクジ


いつも命を狙われていることぐらいわかっているつもりで居た。


わかってはいた、けれど弱かった。

俺は俺の命すら、守れないくらい弱かった。








―…何故こうなったのだろうか。



考える間もなくまた新たに殴りつけられた。



何故、こうなったのだろうか…




俺は師匠に言われて買出しに出ていた。



タバコとお酒と干し肉を200g、結構重くなるだろうなあなんて思いながら細い道を通って近道をしようとした、そんな時。




「!?」


「アァ悪いねェ…お前には何も罪はないというのに…」


そう聞こえたが最後、反応する間もなく頭から首に鈍い衝撃が走った。



「―…」



何で俺がこんな目に…



薄れていく意識の中で俺を殴った張本人に文句を言い捨てると、体が倒れこむ音を最後に意識を失った。






―そして現在。





火薬やら銃やら壊れかけた何かの部品やらが積まれた埃まみれの薄暗い部屋に、俺は両手両足を拘束されて座り込まされている。


縄らしき物で縛られている所為か、あちこち手首やら足首やらが締め付けられて痛い。



「悪く思うな、元はと言えば死神が悪いのだ」


「…」


ぼそりと男が呟いてそんなことを口にした。


死神。


師匠は海賊や盗賊を殺し、賞金首を狩っていたという。


そして悪名が高くなり、逆に追われる立場になったとかなんとか聞いたような気がする。

5年も傍に居て、勿論全く関係のない俺までその追われる立場としての命の保障はないとは聞いたけれど、まさか自分がこうなるなんて全く予想はしていなかった。



「おい死神はどこにいやがる?」


「へェ、まだアイツァコイツが拉致られてるなんざ思っていないらしく…」


「つれて来い!死神をつれてくるんだ!」


「ヘェ!」


ドタバタと騒がしい足音が段々遠ざかっていく。

多分今の会話はすぐ傍で俺を拉致した男とその部下の会話なんだろう。



自分は、殺されるのだろうか。



師匠が来てくれる確証なんてなかった。


あの人は賞金首に追われる賞金首。




死ぬってどういうことなんだろう。


死ぬって、いったい何処へ連れて行かれることなんだろう。



考えもしなかったことだった。




そしてこうも容易く捕まり、師匠の足を引っ張る事しか出来ない自分の弱弱しさに、未熟さが悔しくて歯噛みする。



「っ…のバカ野郎が!」


パンッパンッと大きな破裂音、ソレとともに聞こえる怒声、野次に引き続き、聞きなれた中低音が耳に入る。


…師匠の声だった。



「何テメェ買い物そっちのけでこんなクソな連中達と仲良しよろしく群れてやがるんだクソが」

「…見てのとおり捕まってるんですよ、すいません」

体勢的に俯いている体勢のせいで師匠の顔はよく見えなかったが、とりあえず声色からして怒っているんだろう。


お酒だとかタバコ、切らすと師匠機嫌悪いしなァなんて思ってため息をつく。



―…今、師匠はどんな表情をしているのだろうか。



こんな状況下に陥ったのは初めてで、今どんな表情をして師匠が戦っているのかもわからない。

師匠のリボルバーの独特の音だとか、引き金を引く金属音、火薬の匂いをぼんやりと感じながら考える。




「なんでアイツを巻き込んだ」


「死神サンよォ、お前も所詮は人の子か?拾ったガキを巻き込んで死なれたくねえってか!」


「俺の弟子という名の下僕に何をする」


即座に否定したい単語が出たことは水に流そう。
確かに師匠は、俺を助けに来てくれたのだ。

刃物のぶつかり合う音がしんとした埃くさい部屋に響きわたる。

屋根のほうに何かが一心不乱に降り注ぐ音が、段々聞こえてきた。


雨、だろうか。




「ガキをそんなに殺されたくないとはなァ!?」


ぐいっと首元をつかみあげられ、小さく咳き込んだ。

どうやら男が俺を首から持ち上げたらしい。

ようやく部屋の状況が見れるのか、と顔を上げて見ればその部屋は赤く黒ずんだ汚ればかりで何がなんだかわかりにくい。


かといって床を見ようとしようにも薄暗くて何も見えなかった。




「…悪ィなあ、ちょっとお前の命と俺の命、賭けさせてもらうぜ」

師匠と目が合った瞬間、苦笑いするようにそんなふうにぼやくと師匠はリボルバーを構えた。




「師匠…」


不安げな俺の表情を見て再び師匠は苦笑すると口を開いた。


「俺は銃の一発を大事にする。たった一発で運命が変わるんだ、勿論勝つのは俺だがな」



くるりとリボルバーを軽く指先で回して得意気に笑う。
そんな様子に男は苛立ちを隠せないのか、俺の首元にダガーナイフを押し付ける力が段々強くなっていった。


「テメエ、撃つ素振りでも見せてみやがれ、そんな事をすると…」


パアンッっと重々しい銃声がすぐ傍で聞こえて鼓膜が破れるかのような衝撃が走った。

「…そんな事をしたら…なんだって?」


「てんめェ…!」

首元のダガーナイフを狙って師匠は銃を撃ったのだ。

男の手には止めどない赤い鮮血が迸り、押さえ込む腕や顔からは冷や汗に近い汗をかいていた。


「師匠―!」

ぐらりと師匠の体が揺れた。

まだ一人残っていたのだ。

後ろから殴りつけられるとは予想してもいなかったのか、師匠はあっさりと殴りつけられた。

まるで時間が止まったかのようにソレはスローモーションのようにゆっくりと崩れていく、―…がすぐに踏みとどまった。



「ああ畜生ッ、思いっきり殴ってくれやがって、クソッタレが。何か良い事でもあったのかよクソ野郎!」

言うも同時に即座に振り向いてリボルバーのグリップで殴り倒す。

一連の動作はまるでワルツのステップかのように優雅だった。



「よくやったな!」

片手を押さえながら再びダガーナイフを握り締め、男は嬉々として師匠に斬りかかった。


一瞬の銃声。

何が起きたかわからない。


「ウチのクソガキに手出された以上、こっちもタダじゃおけねえんだよ」




勝負はすでについていた。



「死にやしねえよ、片足を失っても。まだお前には、人として死ぬ事だって、人として生きることだって出来るんだ」



斬りかかろうとした瞬間、男にも何がなんだかわからなかっただろう。


片足の付け根を狙って師匠は撃ったんだ。


男は苦渋の表情をして師匠を睨み付けている。


「…何故殺さない」


「必要がないからだ」


「ずいぶん甘くなったもんだな、死神風情が!」


「減らず口をたたく暇があったら手当てでもしろ。そのままじゃ出血死するぞ」


師匠は芋虫状態の俺の手首やら脚の縄を解くと、さっさといくぞとでも言うかのように腕を引っ張った。



ダガーナイフを握り締めながら男は悔しそうに唇をかみ締めた。

何かを言いかけたがやめたようだ。





「―師匠、雨です」


「見りゃわかる。―…あー疲れた」


「―…ごめんなさい」


「…クソガキ。ガキはいくらでも迷惑かけて甘えりゃいいんだよ、バカが」


口調は厳しかったし、ひどいことばかりだけれど。

けどどこか温かくて涙が出そうなのを雨で冷やす。



「強く、なりたいです」


「…お前にゃまだ早いよ」


師匠は雨で濡れたタバコに強引に火をつけて、埃やら泥がついた顔で笑った。






ざんざん降りの雨の中、傘も差さずに俺たちは歩いた。


どこか遠くで誰かが泣いているのを伝えているような、そんな雨だった。









モクジ
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