1000年生きた男の話。
ある国の小さな村に、一人の若い青年が暮らしていました。
青年は若くして両親を失い、けれど元気な働き者でした。
ある時青年にとても仲のいい親友が出来ました。
病弱だけど、とても明るくて心の優しい少年でした。
青年は働き者だけれど、学がなかったのです。
5つ年下の少年にたくさんのことを学びました。
少年は勉強や、字の書き方、本の楽しさ…たくさんのことを知っていました。
―…しかし少年には、わからないことが一つありました。
部屋の外の世界です。
少年は体が弱く、滅多な事がない限り部屋の外から出れません。
少年は勉強を教えてあげる代わりに、青年に毎日今日合った事をお話してもらうのが唯一の楽しみでした。
そんなある日の青年のお話に、とても不思議なお話があったのです。
『今日、とっても面白いお話があるんだ!』
青年は嬉々として口を開きました。
『へえどんなお話なんだい?』
『海の大魔法使いに会ってきたんだ!』
『その人はどんな人なの?』
『とても真っ青な髪と目だった!それでね、お願い事をしてきたんだ!』
その後の発言を聞いて、少年は絶望してしまいました。
『なんてことをしてしまったんだ!』
『え…?』
『出て行け…!出ていけ!!』
少年は青年を部屋から追い出しました。
か細い腕が悲鳴を上げようとも、青年の背中を押す力は決して緩まることはありませんでした。
『僕の大好きな親友をこのままずっと生きててほしいんだ!』
『ほう…ずっとか』
『そう、ずっと笑顔で生きててほしい!』
『あの子は今のままだと20代ほどで死んでしまう』
『え…!?そんなのダメだ!あの子はまだまだ知らないことだって、いっぱいあるのに…』
『ならばどうする?願い事にはそれなりの対価をいただくよ』
『なんでもいい!なんでもあげる、だから…あの子を、あの子を死なさないで』
青年を追い出した後に少年はナイフで手のひらを傷つけてみました。
試したい事があったからです。
ナイフで傷つけられた傷跡はうっすらとわずかに血のポツリポツリとした小さな玉を作り、やがてすーっと消えて傷跡までもを消し去りました。
…まるで痛みも感じることはなく。
それから気が狂ったかのように少年は手のひらに傷をいくつもいくつもつけました。
…が、その手のひらにはいくらやってもいくらやっても傷跡は残らず、一瞬にして消え去ります。
『あああああああああああああああああああッッ!!』
少年は嘆きました。
しばらく叫ぶと、疲れて眠ってしまいました。
それから、再び目を覚ますとまた朝になっていました。
何の疑問も持たず、少年は服を着て青年の元へむかって話をしようと思いました。
…が、どうにも服がどうもおかしいのです。
少しばかり小さくなり、ボタンが何十年も経ったかのように小さく脆くなって砕けてしまいました。
おかしいなあと思い、他の服を見てもみんな同じでした。
仕方なくボタンのない服を着て、急いで部屋を出ました。
するとどうでしょう。
少年の家の前は、寝る前までは綺麗な花とレンガで作られた道だったのに、今は嵐が去った後のようにレンガはぼろぼろに欠けて、花など一輪も咲いてはいません。
少年は首をかしげながら、青年の家へ向かおうとしたのですが、少年は初めて外に出たのです。
青年の家など、知らなかったのです。
途方にくれた少年は、とりあえず街に出てみようと思いました。
街へと続く道なら、何回か出たことがあるので覚えています。
ゆっくりゆっくり、歩いて街へと続く道を歩き続けます。
けれど一向に街にたどり着くことはありませんでした。
街のあった場所は、白い石が陳列しています。
均等に綺麗に並んでいるのです。
これはいったいなんなんだろう…そう思い、少年はふと近い所にある白く細長い石を見上げました。
『L.マーシア』
人名のようだった。その後に数字が陳列されていて…これは、年号…?
それは紛れも無く、墓でした。
しかし年号がおかしいのです。
少年の知ってるはずの現在の年号は…1549年。
しかし墓に記載されている年号は…2549年…
おかしいのです。
どの墓を見ても、すべて年号がおかしいのです。
少年は悲鳴を上げる足を無理に動かしながら、あちこちに並ぶ白い列に噛り付くように目をやります。
2244、2401、2358、2325―…どれもこれも2000年代を彷徨う数字ばかりに目が回ってきそうだった。
―1549
あった、そう思ってふと思わず名前を読む。
『あ、あああああああああああああああああ…!!!』
気が狂いそうだった。
『J・スティンガー』
それは紛れも無く、少年の親友の青年の名前でした。
『J―ッッ、J!!!』
少年は崩れるように石にしがみつき、石の名前をゆっくり指でなぞりました。
石の間に尖った部分でもあったのでしょうか、チクリとした痛みが走り、赤い血がわずかに出て石を汚します。
痛かった。
指でもない、石の上に座る足でもない、心が。
胸が締め付けられるような痛みに、不安定なまでにぐらつく心が、ただただ痛かったのです。
『おやおや、ここに生きる者がいるとは思わなかった』
ざくざくと土を踏みしめながら誰かが背後から声をかけてきました。
中低音の声の主は真っ白の髪に赤い目をした男性でしたが、人間ではない何かのようです。
『ああ…生きる者、とは間違いだった。”時間を止められた者”だったか』
『…この墓の数は何だ』
『知らないのかい?』
『…?』
『一千年も経てばそりゃあ時代も変わるだろうね、僕は昔のことなんかこれっぽっちも知らないけれど』
男はバカにするような口調で捲くし立てます。
『一千年前は花と水の都と謳われた島、今となっては海の残骸の墓島さ』
『―…』
少年は絶句しました。
自分が眠っている間に1000年もの時間がたっているということに、そして今や美しかったこの島が墓島と呼ばれていることに―…。
『僕は君の知りたいことならなあんでも知っているよ。だって君の時間を止めたのは僕だもの』
ケラケラと白い男は言いました。
途端に猛烈な怒りと絶望と悲しみが一身に少年に降りかかってきます。
『あいつは…どういう最期、を』
『なあに、君が眠っている間に対価の命をいただいたのさ。わかっているだろうけれど、僕は今は墓守、1000年前は海の大魔法使いだ』
『…なぜ魔法使いから墓守になったんだ』
『僕だって人間だ、生まれ変わりもするよ?…姿形が違えど、僕は僕であることに変わりはないのだから!』
得意そうに魔法使いであったはずの墓守はそう言った。
『…最後に1つ聞いてもいいか』
『なんだい少年』
『あいつは…、やっぱり、なんでもない』
『…そう、ではもう僕はいくよ』
『さようなら』
『ああ、さようなら』
最後に少年はもう一度、青年の墓をゆっくり見つめ、やさしく撫でました。
『おやすみ、J』
額をぴったりと石に寄せて、まるでそこにいるかのように寄り添って。
『吐き気がする位、美しい友情だね』
ぼそりと呟いた墓守の声は聞こえたでしょうか。
1000年生きた男の話。
『殺す前に一つ聞こうか』
『なんだい魔法使い』
『君はなぜあの少年を永遠に生かすんだ』
『そうでもしなければあの人は、』
(あのまま死んでしまっただろうから。)
賢い少年は愚かな青年の名前をもらいました。
愚かな青年は永遠の眠りをもらいました。
魔法使いは人間を知りました。
誰が一番、愚かだったのでしょうか。
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