「白いの」
―ああまたあの人は私のことを白いの、と呼んでいる。
全く、いくら言っても呼び方を変えようとしないのだ。
「白いの。」
咎めるような口調でそっと言われて思わず目を開く。
白く眩しい光、―朝だ。
「白いの、起きれ」
「・・・起きてるよ」
「体が起きてない」
「・・・うん」
寝起き特有の体の沈むような重さに思わず顔をしかめる。
ぼんやりとした視界の端に、人ではない赤を纏うアヤカシが佇んでいる。
私は人間。
彼女は、妖。
何のアヤカシかはわからない、けれど少なくとも私よりも長く生きていて、私を絶対傷つける事はない、それだけは確かな事だった。
ぼーっと布団の中で丸まっていると、やがて沈黙にすら飽きたのか彼女は口を開いた。
「ワタシは、お前が眠っているのは怖い」
「何故?」
「死んでいるかと思うから」
「死んでいる?」
彼女には私の体温は伝わらない。
彼女は私よりも温かい。
「そう、安らかに死んだように見えるから、おそろしい」
「・・・貴方は私が死ぬのは こわい?」
「恐ろしい、というより、・・・」
感情につける名前を探すかのようにゆっくり思案する彼女を見て、なんだか苦しくなる。
かつては私は小さな子供だった。
家が貧乏で、村の外れの小さなあばら家に捨てられた小さな子供だった。
本当ならあのまま、飢えて死ぬはずだった子供。
人目の無い、誰もいない小さな家で息絶えるはずだった私。
死に底無いの、人間の子供。
それを拾って育てたのが彼女だった。
親代わり、というよりも姉のように。
姉というより、友達のように。
友達、というより恋人のように。
「・・・感情の名前は、わからない。けれど、苦しくて痛い」
「・・・そう、なんだ」
その感情の名前は、悲しいんだよ。
それとも、寂しいのかな。
言えない、言いたくなんかない。
少なくとも私は彼女を置いてってしまうから。
その感情に名を教えることはしない。
でなければきっと、彼女は弱くて脆いから、呑まれてしまう。
私にとっての数十年、彼女にとってのたった5分。
同じ時間など、共有できないことぐらいわかっていたはずなのに。
「長く生きるというのは、辛いこと?」
「・・・いや、そんなことはないよ」
それ以上彼女からは口を開く様子はなく、思わず溜め息をつく。
すると彼女はおもむろに口を開いたようだ。
「人の命は短いね」
「そうだね」
「こんなにもワタシの命は長いのに」
そりゃそうだろう、と喉元まで出かかった言葉を噛み砕く。
「たった10数年しか生きてないお前は未熟なのに、輝いている」
「命が短いから、じゃないの」
「・・・そうだね」
貴方はこんなに長く生きているのに、心は成長していないじゃないか。
私が死んだとしたら。
彼女はどんな表情をするかな、なんてぼんやりと思い体を起こした。
(一人ぼっちに、いつかさせてしまう)(その時は)
(貴方だけが心残り、)
朝を迎える度
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