一番怖いのは、なんだろうか。
「元気ですか」
「元気なわけ、ないだろう」
一言で終了されてしまう会話。
嫌味な位晴れた空と、小さなぼろぼろの病室にて。
声を掛けてきた、元サークルの友人は悲しそうに眉を寄せた。
いつもアイツはそんな表情をする。
私と会うと、必ずといっていいほど、頻繁に。
「最近の具合はどうですか」
「別にどうもしない」
また一言で終わってしまう。
相変わらずアイツは俯いている様だ。
横目で伺いながら小さくため息をついた。
「…ため息をつくと、幸せが逃げますよ」
「…こんな体になって、とっくに幸せなんて逃げ去ったさ」
自嘲気味に笑って見せると、アイツはすっと息を潜めた。
…まるで何かを堪えた様な、そんな息で。
「…いつまでそんな表情をしているつもりだ」
「…いえ、なんでも、ないです」
噛み締めた唇をようやく解いて、笑ってみせたつもりなんだろう。
嫌でも見てきたこいつの笑顔だ、本心から笑いかけたつもりじゃないことぐらいわかっている。
「…」
「あの、…?」
「何を考えている?お前は」
言いたい事が、あるんじゃないのか。
するとアイツはキレイに笑って「なんでもないです」と呟いた。
…嘘付き。
いつもアイツはそうだった。
例えばどんなに苦しくて辛くて、一人で抱え込むことすら出来ないようなそんなモノでも無理に背負って笑ってみせる。
そんな所が私は、
「大嫌いだ」
「え?」
「お前のそういう所が、私は大嫌いだ」
「…」
ようやく顔を上げたかと思えばまたすぐに俯いた。
「お前はいつまで経っても、変わらないな」
笑ったつもりだが、呆れたような、そんな顔になってしまっただろうか。
「…僕、は…」
小さくアイツが顔を上げた。
わずかに揺らいだ瞳を私は逃さなかった。
「僕は、変わりたくないんです」
なんで、とは聞けなかった。
また俯いたあいつの顔が、まるで、
――泣いているように見えたから。
「…なんでもないです、気にしないでください」
「…」
何も言わなかった。
一番気にしているのはお前だろ、といつもなら言い捨てられただろう。
けれど言えなかった。
やがてうつらうつらとやってくる小さな睡魔に引き寄せられるように瞼を閉じた。
窓に繰り抜かれた小さな空があざ笑うような青で、こんなちっぽけな病室に閉じ込められてる自分がバカバカしい、そんな風に思いながら。
「まだ、置いてかないでください、」
小さな呟きには応えなかった。
応えたらきっと、戻ってこれる気がしなかったからだ。
聞こえないフリ
(僕が変わったら貴方はどこか遠い所に行ってしまった時、僕を見つけられなくなるから)
Copyright (c) All rights reserved.