朝、目が覚めて郵便受けを見て愕然とした。
真っ白い封筒に深い紺色の宛名書き。
送り主の名前は書かれていない。
ほんの少しの予感と、まさかなあという心が複雑に混ざり合う。
二人がけの小さな赤いソファに腰掛けて、丁寧に封筒の封を切った。
拝啓 君へ。
突然手紙なんて、驚いたかな?
そうだよね、普段の僕からじゃ、手紙なんて想像もつかないと思う。
だから、尚更、僕から手紙を送ります。
この間は取り乱しちゃって、ごめん。
ちょっとあの時は・・・そうだな、あの時は、ただちょっと、ほんの少しだけ怖かったんだと思う。
怖い、という一言を口にするのが、僕は怖かったんだ。
僕は案外、意地っ張りで頑固ならしいから、無駄な所で強がったのかもしれない。
それによって君をたくさん困らせたし、たくさん泣かせてしまったんだって、わかってる。
後悔は、してないよ。
この間の別れ話だって本当だし、僕がこの手紙を書いたのも本当のことだ。
きっと顔を見たら、余計な事考えちゃうし、触れたら絶対、離れたくなくなるから。
電話だと、切りたくなくなるから。
なんだか、会えた運命の糸まで切れてしまうような、そんな気がするから。
だからこうやって、手紙を書いたんだ。
もう関わりたくもない、とそう思ったら、何も読まずに捨てて。
この夏と共に、一緒に捨てて。
実を言うとね、この手紙書いてる間に何度も何度も書き直しているんだ。
なんだか知らないけど、涙ばかり溢れてくるんだよ。
このままちょっとずつ、死に近づいてるってわかったから。
だから尚更、君に会いたいなあなんて思ったりして、バカだよね。
さっき書いた、後悔はしてないなんて嘘だよ。
未練たらたらで、後悔なんてしてないわけない。
だけど、それが君だから。
愛する人のためなら、いくらでもその幸せを祈れるよ、神様なんか信じてないけれど。
ホントは、僕が幸せにしてあげたかったなあ、なんて。
でも、僕にはちょっと君には時間が足らないみたいで、残念だけど。
そろそろ書くことがなくなっちゃったのでもうお終いにします。
僕は君みたいに文章が書くのが好きなわけでもなければ、文才があるわけでもないからね。
正しい手紙の書き方なんて尚更わからないよ。
ちょっとでも、ほんの少しでも伝わればそれでいいんだ。
ここまで君が読んでくれた事、それだけでいい。
なんて、ね。
草々。
追伸 ちょっとは冷え性治った? もう今年は、ちゃんとあの手袋、使うんだよ。
読み終わると同時に、手紙をくしゃり、と握り締めた。
ただ心に残るのは、澄み渡った空のあの日の病室で。
今もちっぽけな病室で一人寂しく空を眺めているのかと思うと切なくて。
なんで、一人ぼっちにさせたんだろうなんて思って。
あいつにもらった手袋と財布を片手に飛び出した。
もちろん一言の文句とこの手袋を押し返すつもりで。
だってもう、こんなの必要ないじゃない。
君がくれる温度
(二人ならきっと寂しくない、寒くないよ)
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