「反吐が出るよ、つくづくさァ」
嫌悪を露骨に顔に出して彼は僕らを見て口にした。
彼は人間という生き物に全て嫌悪を抱いている。
嫌いなんていうレベルじゃなかった、嫌悪、憎悪、醜悪、その全てを人間に注ぎ込んでいるかのようなそんな感じだった。
自分も同じ人間だろ、と言い返したいのも山々だった。
けれど返せなかった。
それをいったら、僕は
彼を死まで追いやるような気がしたからだ。
「なんで君は人間がそこまで嫌いなんだい」
「人間は醜い」
「美しい人だっているかもしれないじゃないか」
「どれだけ外見や中身が美しくても、やっぱり人間だ」
だから汚いんだ、と彼は口にする。
やれやれ、というように僕は降参の合図を彼にすると、まだまだ終わる気配のないレポートに手をつける。
多くの資料が詰まれたこのデスクには彼と僕のレポートと、小さな灰皿だけ。
「どんなに人間が嫌いでも、」
あれから数分しか経ってない頃の話なのに、ふいに彼から口を開く。
見上げれば伏目がちにペンを握ったまま彼は何かを語ろうとしていた。
「どんなに俺が人間が嫌いでも、結局俺は人間だから」
彼は認めていたのだと、
それが意外すぎて何かを口にしようにも言葉が詰まる。
「なあに黙ってるのさ」
血を吐き捨てるようなそんなナイフのような言葉。
しかしその言葉は僕を傷つけることなくすり抜ける。
彼自身、そう彼自身を傷つける言葉でしかなかった。
「お前は、どうして…、いや人間であることを認めていたのか」
「…逆に聞くけど、君は俺が人間であることを認めてないと思ってたんだ?」
小さく頷く僕に彼は小さく苦笑いする。
ああ、彼はつくづく人間くさい。
彼がとことん人間を嫌い憎む姿を見る度、彼が人間によって傷つけられて傷ついて、ぼろぼろになって涙を流す度に思うのだ。
彼はつくづく人間くさい人間だと。
「俺はね、」
真冬の風が小さく髪を揺らす。
コートの裾が頼りなさげに揺れるのが視界の端に映るのを横目に、彼がこれから何を口にするのか期待している自分がいるのにげんなりとする。
結局、僕は人間くさい彼が好きなのだ。
人間くさい発言を口にし、尚且つその発言をする自分にすら嫌悪する。
そんな醜くて馬鹿らしくて、痛々しいばかりの彼が好きで仕方がないのだ。
「俺は、自らを殺すことができるのが人間しかいないのだと気がついたんだよ」
「へえ」
「人間である僕は人間として死ぬしか許されなくて、結局人間が嫌いで絶望している俺は自殺するしか術がない。そうするとやっぱり俺は人間なんだ」
ああ彼は、とうとう自分自身にも絶望しはじめたのだ、そう思うとなぜかゾクゾクしてくる。
ホントつくづく人間くさい。
「自殺する以外にも術はあるよ」
「へえ、たとえばどんな?」
恋人同士が囁き合うかのような距離にまで近づく。
二人ぼっち、二人にしか聞こえないようなそんな小さな声で彼は僕に尋ねる。
「教えてあげようか」
小さな小さな声で囁いた。
彼は僕の答えを聞いた瞬間に眼を見開いた。
ああなんて予想通りの反応なんだろう!
彼が何かを言う前にその心臓にカッターナイフを押し付けた。
びくっびくっと小さく痙攣し、うぅと小さく呻く彼の目にはひどく優越感に浸った僕の姿があった。
なんて哀れな姿。
彼はちっぽけな人間だった。
そんな彼が大好きだった。
でもおかしいなあ、なんで殺しちゃったんだろう
望んだ答え
(答えを知らない殺人者)
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