マスター、マスター

モクジ

「っ、っっ―!!」

またマスターが暴れている。

毎日起こるこのヒステリーよりも事態になれてしまった事実のほうが物悲しい。

「・・・マスター・・・?」

「・・・・・・」

どれだけ言葉を翳しても、どれだけ愛を訴えても、どれだけ信じてると手を差し伸べても。

貴方は私には振り向いてくれない。












「マスター、」

口にしたら無言で何かが飛んできた。
よく見たらマスターがよく使っている整髪料のスプレー缶だった。
人工皮膚とは言え、当たればさすがに痛いし痕がつくのは確かだった。

マスターは決して痕に残るような暴力はしない。

自分に残った虐待の痕をたまに自虐的に汚い汚いとうそぶいているのをよく見る。

マスターは、自分が人間であることを憎んでいた。

「マスターもういい加減に・・・」

やめたらどうですか、そういいかけたところで喉は声を発することを拒んだ。

マスターが泣いている。

瞬間的に思ったことだった。

「泣いてるんですか」

「・・・僕が泣くと思う?」

「泣いているんじゃないんですか」

「・・・僕は泣かない」

それじゃあなんで、そんなに辛そうな顔をするんですか。


「お前はいいよね、ただ僕が居ればいいだけだもの」

「・・・はい」

貴方だけが、私の存在理由ですから

「僕が居なくなれば、お前はどうなるの」

「・・・主がいなくなったアンドロイドは、主の姿が還るまで傍に付き添います」

「それで?」

「その後はひたすら貴方を思います。それが、アンドロイドですから」


私たちは死なない。

自ら死ぬことすら許されぬ。

主に命じられる、そのときまでは。

だからひたすら私が壊れるまでマスターを思う。

それが私の役目、私の存在理由。


「・・・僕がいなくなったその時には、お前だけが僕を思うんだね」

ぼそりとマスターがつぶやいた。
暴れ疲れたのか、床に座り込んで暴れた痕跡にゆっくり指を滑らせる。

「マスターそれは、」

違います、と否定したかった。

言えなかった。

マスターには、誰もいない。

マスターの心の中には何もない。


「マスター、」

「僕が死んだその時には、」


お前も後を追え、そうマスターは言い捨てて珍しく笑った。

子供のように笑う割りに綺麗な表情で、この人は笑うことを知らないのだと思う。

「Yes、My Master」

恭しく礼をしてみればマスターは、お前が未練になりそうだ、と吐き捨てた。





モクジ
Copyright (c) All rights reserved.