気が付けば、もう白い息が零れる季節になって。
ああもうそんな季節か、とため息をこぼす。
昔通いつめた高校の前にて。
もう少しで受験を控えた高校生たちがせわしなくペンを走らせる姿が窓にうつっている。
あの頃の俺もきっとああだったんだろうか。
あんなふうに青春していたんだろうか、なんてくだらないことを考えてみる。
「先輩、俺はもう夢見るのをやめます」
「おう」
「さようなら、先輩」
「おう、またいつかここで」
道路が薄桃色にちりばめられたあの道で、俺は夢を見るのをやめた。
いつか、なんて来るはずはないとわかっていた。
高校を卒業し、大学に通って、普通に就職して。
あれからもう5年も月日が経ったんだ。
夢を見るのをやめたあの日。
自然とそれが怖くなかったあの日。
ただただ、任された仕事を黙々とやり続ける日々。
大人になってから、たくさん変わった。
人の見る目が気になり始めるようになった。
自然と相手がどうしてほしいのかが察することができるようになった。
言葉の裏を感じ取れるようになった。
でも、本当にそれだけだろうか。
なんだって言い合えていたあの頃の二人。
ぎこちないような話でも精一杯口にした恋愛話。
5年も、あいつの名前を呼んでいないんだなあとしみじみと思う。
風に揺られた木が寂しげにさわさわと音を立てて枯れ葉を落としていく。
あれ、そういえばあいつの名前ってなんだっけ。
遠…違う、斉…違う、
ひたすら間違い探し、暗い中で針を探すようなそんな絶望感。
人は、どんなに大事なことであっても使わなくなったら脳内から消してしまうのだと。
何度も何度も思い出してはしみじみと思い出という名をなぞらなければ、きっと忘れてしまうのだ。
風の噂で、夢を見るのを忘れた後輩は行方不明になっているそうだ。
もう何年も会っていない。
俺が卒業して3年した頃の話だ。
きっと、もうこの世にはいないだろう。
あの頃ここで笑いあった後輩は、
灰色に汚く変色しはじめた空をにらみつけながらタバコに火をつけた。
「あぁくそぉ、煙が目にしみやがる」
グランドにいる生徒には聞こえないような声でそう囁いた。
もう会えない君へ
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