泣けない人々。


最初はこんなふうになるつもりなんてなかった。

どういう風の吹き回しだろう、部長が



俺を描くだなんて。











「おい動くんじゃねえ」

「あ、はいすいません・・・」

「・・・」

「な、なんすか」

「お前寝てないだろ」

「・・・・・・」

部長の絵のモデルをしてから早1週間。

先輩があまり部室に来なくてつまらないけれど、結局は部長の絵のモデルをしなくてはならなくて渋々足を運ぶ日々。


寝不足や上の空だとすぐ部長は気がついて指摘してきてはあれこれ世話を焼いてくる。

最初の印象だとめんどくさがりだったはずなのに、やたら世話してくるもんだから少し拍子抜けしている。


「全く・・・何してんだか知らねーけど、あんま無茶すんなよ?今日はこれで終わり」

「え?」

部長は俺の頭をわしゃわしゃとかき混ぜると画材を仕舞いはじめる。
その動作は丁寧でどこも無駄のない動きだった。

「お前はとりあえず帰って寝ろ。無茶させるために呼んでるわけじゃねーからなあ」

再び俺の頭をぽんぽんと撫でると部長はさっさと部室を後にした。

またいつだったかのように俺一人が部室に残された。

仕方ない、とでもいうように帰りの準備をするべく鞄を片手に持って窓や部室の鍵を閉めていく。

中学生の頃もこんなことしたなあ、なんて思い出してふと先輩のことを思い出す。

最近、見ないけれど何をしているのだろう。

もうすぐコンクールだというのに先輩は一週間前、丁度部長にモデルを頼まれたあの日から姿を見ていなかった。

なんだか不穏な空気を感じて足早に美術室を後にした。




「あの子に、絵のモデル頼んだそうだね」

「・・・ああ、お前の後輩だったんだってな」

「そうだよ。笑えちゃうよね、僕を追いかけてきたんだって」

「・・・・・・、嫉妬でもしているのかよ」

どこからか声が聞こえてきたと想ったらそこは2階の方から聞こえていたようだった。
聞き覚えのある声、・・・先輩と、部長。

「ないない、だって僕らは終わりなんてない関係でしょう?」
ふわりといつものように笑うと部長は眉をしかめる。

「だって始まってもない関係なんだから」


「お前のそういう所は大嫌いだよ」

「つくづくキミは甘いよね。優しいからこうやって付込まれるのに」

心音がバカみたい大きく早鐘を打った。
先輩と、部長の影が一瞬重なった。

ほんの一瞬だったのに、その影は写真のように目から焼きついて離れない。
苦しくなって階段を駆け降りた。

胸が鉛のように重くてぐらぐらと揺れる。

走る廊下の足取りもどこかおぼつかずに、廊下が歪んでいるかのように揺れている。

苦しくて苦しくて、吐きたくてたまらない。



その時に認めてしまったんだと気がついた。


俺は先輩が好きだったんだと。



どうして、なんでと想ってしまったから。
俺の知ってる先輩ではない先輩。
あまり笑わない、綺麗で優しくて、繊細な先輩。

けれど違う、違った。

部長の前の先輩はまるで別人で、人を誑かすような蛇のような、薄暗くてドロドロとした人だった。

怖かった、苦しかった、見たくなかった。

どうせこんな想いをするくらいなら、近寄らなければよかった、と。

痛くて痛くてたまらない、

憂鬱な灰色の空が泣き出した。


このまま雨で溶けて消え去れたら幸せなのに、残酷にも雨は

僅かな体温しか奪ってくれなかった。




「・・・誰かに見られてたね」

「・・・・・・」

「キミも優しいね、誰だか知ってるんだ?」

「さあ・・・な」

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