望むままに、

モクジ

「・・・マスター」

「うるさいっっうるさい!!」

ゆっくり声をかけてもマスターはがしゃんがしゃんと音を立てながら破壊行動をやめることはなかった。

食器棚から本棚まで全て棚は倒され、あんなに細い腕なのにどこにそんな力があるのだろうとすら思う。

「マスター、もういい加減に・・・」

「うるさいんだよ!このバケモノッッ!」

「・・・・・・」

もう慣れていることだった。

現在のマスターに拾われてから早2年が経つ。
前の持ち主も性格がひどく荒れていて、暴力や閉じ込められたり、餌すら抜きにされていたことがあった。


私は、動物系アンドロイドだ。
犬のような耳を持ち鋭い聴覚や臭覚が特徴で牙もちゃんとある。


賢さと従順さを売りに開発されたけれど、結局はお手伝いロボとしてしか扱われず、金額もバカにならない価格ならしくあまり売れずに廃棄処分となった。



その中で売れた私は勝ち組なんだと思っていた。

―けれど現実はそうではないと、無情なマスターの掌によって告げられる。



現在のマスターに拾われたのは、冬の冷たい雨が降っていた日のことだった。
耐水性はあるものの、冷たい雨に当たればメカの私でも冷たく、そしてマスターに捨てられた私は、ひどく寂しかった。

メカでも動物にもなりきれない、中途半端な私は、行く宛も帰る場所すらもない。

ゴミ溜め場の無機質で汚く、生ゴミの臭いが漂うゴミ捨て場で今のマスターに拾われた。

焦点すらままならない、半分機動もしていなかった私にそっと手を差し伸べてくれた、たった一人のマスター。

「おまえ、うちにくる?」

たった一言だった。

名前も何も聞くことのないマスター、名前すら教えてくれないマスター。
けれど私にとってはたった一人の、マスターになった。



時折外の世界で嫌な事があると癇癪を起こし、物やら私に当り散らしていた。
緊急停止するほどひどく殴られたこともあるし、一度頭の回線がショートしかけたこともあった。
慌ててマスターが起こしてくれた、それでもよかった。


「・・・おいお前」

「はい、マスター」

「メシ」

「わかりました、マスター今日は何にいたしますか」

「・・・なんでもいい」

「はいマスター」

どれだけバカにされても、どれだけひどい仕打ちを受けても、私にはマスターが全てなんだ。

「なあお前」

私が作ったご飯をほおばりながら私にも食べろ、と命じる。
癇癪が無い時のマスターは好きだった。
無愛想であまり優しくないけれど。

「お前にもし俺が死ねっつったらお前は死ぬのか」

「ええ、死にますよ」

「怖いとか苦しいとか思わないのか」

マスターの箸が止まったのを見て、私はゆっくりと語るように口にした。

「あのね、マスター。マスターは私をよく叩くことがありますね?」

「・・・」

「私の牙は貴方の手の骨を簡単に砕く事ができるけれど、私は決して貴方を噛まないようにしているんですよ」

マスターは黙って私の方をにらむように見ていた。

「マスターには仕事も外の世界での友達も、楽しみもいっぱいあると思います、けれど私には・・・、マスター貴方しかいないんです」

「・・・ああ」

「もし死ねと命令されたのならば、私はそれに従います。けれどマスター、貴方の隣で死にたいんです。 貴方が傍に居てくれれば、どんな苦しい事もどんな辛い事であっても、私は安らかに受け入れます」

「・・・そうか」


「マスター、私だけは貴方を裏切りません。だから信じてください、それが私にとっての幸せです」

「・・・・・・・」

きっと愛だとか、信頼だとかの言葉を嫌うマスターには伝わらない言葉なのだろう。
それでも、よかった。

マスターは台所に皿を持っていこうとしていた。
ゆらゆら動く背中にむかってぼんやりとつぶやいた。


「・・・どうか忘れないでください、私は貴方をあいしています」


たとえどんなことをされても、マスターしかいないから。







モクジ
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