二人っきりって、正直しんどい。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
重い沈黙が流れる。
そこに会話は成立することなく、ただただ緩やかな時間の波が押しては返し、同じたった一つの部屋なのにそれぞれ別の作業をする二人の姿。
しゃべる事がないわけではない、しゃべりたくないわけでもない。
しかし、何を口にしていいのか、わからなかった。
ふと私は長時間動かしていたペンを握り締めた手を止めてあいつを見てみる。
黙々とピアノと睨めっこしている横顔がキレイで目を瞠る。
一音一音、確かめるように手探りで奏でる指先が優しくて、ふいに目を閉じた。
・・・あいつと付き合って、もう3年。
ろくな会話をしてないなあ、だなんて思い返してみてふと苦笑いする。
たまに業務連絡のような、微妙な会話ともいえぬような事を私がしゃべりかけ、アイツはただ一言の返事をする。
それの、繰り返し。
そもそも、何で付き合ったのか。
惹かれあうように、初めて会った頃からずっと寄り添うようにしていつもそこに居た。
気が付いたらそこにいた。
告白らしい告白だって聞いてはいないし、恋人かどうかと言ったら曖昧な答えしか出てこない。
友人でも、恋人でもない。
ひどく曖昧な、関係。
「私たちは付き合っているのか?」
聞きたいけれど、聞けない。
聞きたくない、怖い。
それでアイツがどんな反応をするのか、だとか、アイツがなんて返事をするのか、だとか。
余計な事ばかり、考えてしまうから。
今思えば、あの頃から不確かな事は増えていた。
アイツは人間不信で、人が嫌いで、憎くて。
けれど私とは関わっていて、でも確かな証や言葉はくれない。
じわりと波紋が広がるように、鈍い重みが胸の中を沈める。
吐き出したいような、苦しさだけが胸を締め付ける。
・・・痛い、痛い。
作業していた印刷紙の奇妙な青白さに一瞬の異変。
大きな雫が、零れ落ちる。
その些細な変化に、気付いてしまったのだろうか。
小さくアイツはこちらを振り向く。
「・・・」
やっぱり、あいつは何も言わない。
言って、くれない。
「・・・ねえ」
伸ばしたい手が重くて、伸ばせなくて、
真っ直ぐに見据えられる目が答えてくれないのが、空しくて、寂しくて。
「・・・なんで、泣いているの」
久しぶりに声、聞いたなあなんて思いながら、今も尚、歪み続ける視界を疎ましく思う。
せっかくこっちを向いてくれたのに、彼女がぼやけてしまった。
「・・・わかんない」
「わかんない?」
「うん、わかんない。」
歪み続ける視界、霞んで行く。
「・・・そう、か」
そしてまた、彼女のピアノに戻ってしまう。
「っ、ばか」
ガタンと大きく音を立てて椅子が傾く。
やりかけの書類もペンも投げ出して、あいつの後ろに飛びついた。
気付けよ、ばあか。
本当は、ただ、
抱きしめてほしい、だけなのに。
「・・・寂しがりだな」
「・・・」
ぼそりとあいつが呟いた声が優しくて、視界がまた霞んでいった。
プリーズハグミー!
(もう大丈夫、と言ってほしかった)
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