モクジ





一人が言い出すと、周りもそれに便乗する、そんな社会が大嫌いだった。




例えば小さな子供であっても小さな社会と似ていて、一人リーダー的な存在のやつが誰かが気に入らなくて苛めだすとここぞって周りの子供までその対象をいじめる。…理由なんてない。





そんなちっぽけな事が大嫌いだった。

今も、昔も。






「今日あのドラマの再放送やるらしいよ!」
「まじで!録画してねえよー…」


「今日うちの夕飯カレーなんだぜえ」
「えーいいなぁ…うち、また魚の煮物だぜ?それも2日連続!もう嫌気が差すよー…」


がやがやと生徒達が楽しげに、鞄に教科書やら私物やらを詰め込んでいる作業中、ホームルームの終わった教室にて。


外はまだ明るく太陽が照らし、木々は風に揺られて気持ちよさそうに葉をなびかせている。



俺はただ一人、呆然とその窓で揺れる葉に思わず見とれながら教科書を半ば投げ入れるようにして鞄に詰め込むと、帰ったら何をしようかなぁ、なんて思いながらずしりと重い鞄を握り締める。




「…ホントとろくせえんだから」

「仕方ないじゃない、バカなんだもの」

「でもコイツこないだ張り出しで相当上にいたぜ?」

「カンニングでもしたんじゃない?アハハハハハハッ」



またか、と心の中で大きくため息をつく。
表情には出さない、面倒な巻き添えなんてごめんだからだ。


数人の男女が追い詰めるように一人の男子生徒に向かっていく。
大方、掃除当番を一人の生徒に押し付けてぎゃーぎゃーやっているだけなんだろうなぁなんて思ってその光景を横目に見やる。


苗字は…なんだったかな、なんて頭の中を摸索するがどうもそれらしい名前が見当たらない。

基本的に名前を覚えるのが得意ではないのだ。



やがては押し詰めよっていた数人の男女は飽きたのか、それぞれの鞄を手に持って廊下へと出て行った。

気が付けば教室に残る者はごくわずかになっていて、さあ自分も帰ろうか、と再び重い鞄を握り締める。




「…何、してんだよお前」


「……」




俺の声に反応したのか、いじめられていた生徒はふいに顔を上げた。



色素が抜け落ちてしまったかのような淡い茶色、明らかに明るい瞳、唇。

全てが薄い茶色の、同級生。


そのちょっと変わった容姿の所為だろうか、頻繁に生徒やら教師に絡まれる姿を見かけていた。

もはやそれが当たり前の日常風景であった。


「ぁ…はい、ごめんなさ…」


「別に謝れとは言ってねーだろ、お前、なんで…」



言い返さねえんだよ、


―そう聞こうとした瞬間、ぐらりと体が揺れた。






微かな明かりを頼りに、うっすらと目を開いてみる。

どうやら、眠っている間に夢を見ていたらしい。

久しく夢を見ていなかった所為か、なんだか現実と夢が混合したような妙な違和感を感じる。

見渡せばいつもの自分の寝室、ずいぶん昔の思い出が夢に出たもんだなあと心の中で苦笑した。


わずかに開いたドアから小さく光が差していて、どうやらまたヒーローが不法侵入したんだろうなあなんて暢気に考えながら体を起こしてみた。


…もう日常茶飯事と化してきた、ヒーローの不審な行動。


どこからともなくやってきて、いつの間にか日常の風景と化していて、いつも当たり前のように居る、そんなやつ。





「お、起きたか!今朝食を作っているぞ!」


ヒーローは規則的な包丁の音を立てていたのを一時中断し、ぱっとこちらに笑顔を向けながらまな板を見せる。

…ヒーローの朝は早い、いつも早朝5時起きなんだそうだ。



返事もせず、ただのらりくらりといつの間にか2脚に増えた椅子の一つに腰掛けながらぼーっとヒーローを観察しているとふいにとある単語が出てくる。



「…押しかけ女房みたいだな」


「は?」


再び規則的な包丁の音が止んだ。


ヒーローはポカンとした表情でこちらを一瞥すると、小さく首を傾げてまたまな板へと向かう。





「…ずいぶんうなされていたな」


ひと段落がついたのか、ヒーローは水を汲んだコップを手渡すとふいにそんなことを口にした。


「…そうか?」


「うむ、なんだかその、苦しそうだった」


「んー…まぁ、なんていうか昔の夢を見ただけだよ」



ふうん、とヒーローは小さく相槌を打つ。


「それで、どんな夢を…?」


「あー…まぁ、中学ん時の思い出、かな」


「・・・へェ、それってどんな?」

やけに今日は根堀葉堀聞くもんだ、と思わずヒーローを一瞥すると、さして興味なさげにヒーローは珈琲を入れている。



「んまぁ、中学生んときにいじめられてた奴の事だよ。なんで今更出てきたんだかな」


「ほら、夢に出てくる人って自分か相手のどちらかが会いたい気持ちが出てるってよく聞くがなぁ」


小さなサラダボールと珈琲をテーブルに並べながらヒーローはぼそぼそと言う。


「んなわけねーだろ、だってもう何年も前のことだぜ?」

「覚えているのなら、十分ではないか?」


やんわりと諭すように返すとふわりと笑いかけてくる。

言い返すのをためらわせるような、そんな雰囲気で。


実を言うと、夢に出てくるまであの同級生のことなんてすっかり忘れていた。



「・・・知っているか?」


「ん?なんだよ」


急に声色変えて、なんだよ


おどけて聞きたかった。


…正直、聞けなかった。



「・・・死より怖いことって、なんだと思う?」


「・・・なんだろうな、俺は死ぬのが一番怖いかも、しんねえな」



なんで、そんなに悲しそうな



「・・・生きていながら、忘れ去られ、過去の人になっていくこと、だよ」



今にも掻き消されそうな、声なんだ。




「・・・ハハ、ヒーローなんだから、忘れられることなんてないだろっ!」


「そうだな、うむ、僕はヒーローだからな!」




精一杯笑顔を繕った俺ですらわかったんだ。


アイツのほうが、今は無理して笑っていることに。





何故そんな悲しそうなんだ、そう聞く勇気も強さも俺には無かった。


昔から今まで、得るものは何一つとしてなかったのに・・・

失ったモノは山ほどあった。


そして今も昔も弱いまま。



行き場のないやるせなさが脳内を巡回し、ただただ窓を叩く雨音だけが俺の味方をしてくれているようで・・・



この部屋が、


空気が、



あいつが、




妙に、切なかった。



















モクジ
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