「ああもう受験かあ」
「そうだねえ、私たちも卒業かあ」
学校の帰り道。
ぼちぼちと車が通っていく枯れ葉の舞う車道を眺めながら小さくつぶやく。
高校生最後の秋の空は寒々しい空色にぽつぽつと雲が流れていた。
「うちらも、いつか別々の道を歩くんだね」
何気なく口にした一言。
けれどずしりと重く圧し掛かる確かなプレッシャー
「…そうだね」
そう、出会いの数だけ人は別れがあるのだと。
「もー5時か、早いね」
駅までの道のりがやけに長く感じる。
話題を切り替えようと必死なのが露わになって、馬鹿みたいに惨めな気分になる。
「ホントだあ、まったく、受験生なのにとっとと帰せってーの」
おどけて笑ってくれてる彼女が寒々しい、否痛々しい。
小学生からずっと一緒だった。
転校生だった私に初めて話しかけてくれて、それからずっと一緒だった彼女。
くっつきすぎず、離れすぎず、適度な距離感でずっと歩み続けたこの距離が、
春になれば終わりを告げるのだ。
私は専門学校を進路にしてずっと勉強していた。
しかし彼女は違った。
いつか一緒に美容師になろう、そんなふうに将来を温かく語った頃もあった。
結局、人は年を経る事に考えや夢も変わっていく。
私は止めなかった、止める権利や理由がなかった。
彼女は就職を選んだ。
自らの希望かもしれないし、もしかしたら家が大変なのかもしれない。
彼女の家は父子家庭で3人兄弟だった。
長女である彼女は高校に入ってからすぐにバイトを始め、家にお金を入れていた。
ごく一般家庭である私は親の脛をかじりながら生ぬるくも居心地のいい家に居座り続け、言われるがままにバイトはしなくても構わない、という言葉に乗っかった。
進路が就職になった、というのも最近聞いた話だった。
それも彼女本人から聞いた話ではなかった。
教師から間接的に、何気ない日常話でもするかのように告げられた。
ショックだった。
何も言わず、離れてしまうのが
親友だ、といつしか語った仲であったのに何も言ってくれなかったのが
美容師になろう、と二人で話したのが
全て嘘になってしまうのが。
そんな風に考えてしまって、ずいぶん身勝手な自分に尚更ショックを受けた。
彼女は彼女、私は私なのに。
「あ、じゃあ私帰り道に本屋さん、寄って行くから」
駅前のロータリーに差し掛かると彼女がわざとらしくそう告げる。
「うん、わかった」
それ以外は返せなかった。
無言の拒絶だった。
これ以上立ち入るな、と。
これ以上踏み込むな、という。
じゃあね、と小さく告げて私は小走りに駅に向かった。
立ち尽くしたままの彼女が小さく俯いたのが見えた。
結局一人よがりだった。
私だけ、何気ない将来の話で盛り上がって美容師を二人で目指そうなんて思って。
私だけ、専門学校に受かったことを話し込んで。
私だけ、彼女のことがバカみたいに好きで。
考え込んだらじわじわと涙の膜が視界を覆う。
ああもうバカみたい。
彼女は素っ気無い。
近寄ったら離れて、離れすぎたら歩み寄る。
その繰り返し。
でも今度ばかりは何故か違うような気がした。
このまま離れたら、きっともう元には戻れないだろう。
そんな予感がしてぎりぎりと胸が重く痛む。
なんでこんなに一人で好きになっちゃったんだろう。
どうして好きになっちゃったんだろう。
もっとやさしい人を好きになればよかった。
そう後悔するのももう遅い。
学校という同じ場所を共有することでしか、彼女との交流点はもうないのだ。
背筋をぴん、と張らせた彼女。
一人で抱え込んでいる割に、平気そうに笑ってみせる彼女。
はにかんで笑う表情。
自立心が高くて、いつも大人のような余裕そうな表情。
一つ一つが、好きだった。
せめて別れがくるその日まで、その表情を見ていたい。
小さく痛む心があっても構わない、この思いが実らなくても構わない。
そう考えるとまたずきずきと痛み始める。
(痛い、痛いよ)
恋ってこんなに痛いんだ、だとしたら。
彼女にこんな思いをさせたくないような、してほしくないような。
電車が人を吐き出してまた吸い込んだ。
その流れに沿って自分も歩みだす。
このまま電車にこの気持ちを置いていければどんなにいいんだろう、そんな風に思いながら。
そして、この先にいくら行ってもどこに行っても、もうあの頃の彼女はいないんだと、流れる街の光を見ながら静かに噛み締めた。
トレインレイン
(さようなら初恋)
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