夜明け前のラブソング

モクジ


ああもう今日星座占い最下位だろ、と心の中でぼやいた。




真夜中の出来事だった。



親父と喧嘩して思わず終電に飛び付いて出た先は見知らぬ郊外。

親父が、再婚するそうだ。
来月の初めなんだそうだ。

「結婚するけどいいよな」

その言葉に拒否権というものはなかった。
所詮父も男だったのだ。
まだ母が亡くなってから1年もたっていない、痛みのまだ残る俺は我慢できなかった。


母さんの遺影の前でそんなことを言うなんて、と怒鳴り散らして思わず飛び出した。
泣きたくても泣けるような年ではなく、糸口は見当たらない。

これから俺は、どうするんだろう。




聞こえてくるのは若者の喧騒と路上歌い人のかすかな歌い声だけだ。

なんてとこに出てきたんだ、と軽くため息を吐くと始発まで暇潰しになるような所を探すが見当たらない。
漫画喫茶はおろか、カラオケもホテルすらないのだ。

なんていう所に来てしまったんだ、と軽く絶望しているとBGM代わりになっていた路上の歌声はウグイスのように突然終わってしまった。
どこでやっていたのだろうと右往左往していると後ろからがたん、と何かを置く音がした


「やあなんだい、きみのような人がこんな街に」
真冬だというのに黒のトレンチコート一枚にジーンズという恐ろしい格好をした青年が澄んだテノールで話しかけてきた。

「べ…別に、理由なんかない」

「ははあ…さては嫌な事でもあったオチ?」

そういうと青年はニヤリと笑いながらギターを傍らに引き寄せた。
図星を突かれた驚きの反面、ああさっきまで彼がずっと歌ってたんだ、なんて冷静に考えている思考に何か文句を言いたくなる。

「で、何あったのさ」
ニヤニヤ笑いながら青年は突いてくる。
「…まあ、親と喧嘩しただけだよ」
「それだけじゃないだろ〜」
「はあ?親と喧嘩しただけだっつうの」
思わずむっとして言い返すと青年は苦笑いを浮かべて返す。



「違うんじゃねーの、喧嘩で飛び出したんじゃなくて裏切られた気分になったからじゃねえの?」

「…」

「お、図星だなっ!お兄ちゃんはなんでもわかるんだぞお」

「あ?」

おどけたように言う青年に向かって、何年甲斐もなく言ってんだアンタ、と目で訴えかけたのが通じたのか否か、やつは気持悪い笑みを浮かべながら黙った。



「まあまあ〜そんなカリカリすんなよ!」

「それはそうと…アンタ誰だよ」

「ん?俺?」

「アンタ以外に誰がいんだよ」

呆れ半分にそう口にすると青年はしごく真面目にこう言った。

「いやいや、幽霊でも見えるんかなあと」

…ただのアホなんだろうかコイツ、と冷ややかな視線をプレゼントすると青年は慌てて「冗談だよ」と口にした。



「・・・まあ、俺はしがない路上シンガーさ」
しばらく立つと星空を見上げて青年は言った。
タバコを取り出して慣れた動作で火をつけると、相棒のように大事にギターを抱き寄せてやんわりと笑った。

「へえ・・・なんでアンタそんなのになったんだよ」

「ん〜?笑わない?」

ちょっと困ったような気恥ずかしいような表情をしてアイツはそんなことを言う。

「まあわらわねえよ、他人笑えるようなことしてねえしな」

「んーじゃ言うか、まあゲームでよくいる吟遊詩人、っていうのに憧れたんだよ」

「吟遊詩人・・・?」

「伝説や歴史を歌や踊り、音楽を通してずっと伝えていく人だな。」

「ふうん・・・ゲームでいうと、支援職ってやつ?」
そういうとあいつは苦笑いしてタバコを吹かした。

「まあそれはあまり関係ねえんだけどな!俺は吟遊詩人になりたいんだ」

自慢そうに夢を語るあいつは妙に優しい表情をしている。

「んで・・・未来の吟遊詩人さんは何か歌えるの?」

「お?おぉ、歌えるぞ〜ちなみに今日の売り上げは680円だ!」

「一日中歌って?」

「そう!」

もうこいつは末期かもしれないと思った。



「さあてお客さん、何歌ってほしい?」

「なんでもいいよ、けど変なの歌ったら金ださねえからな」

「えーひどい鬼っ!キチク〜」

「誰が鬼畜だ、おい」

えへへーなどとおどけながらアイツは少しアスファルトの出っ張った先に腰掛けると、同じように俺も座れと促す。
ギターを抱えてピッチを直す仕草が妙に心地よくてぼーっと見ていると「あんま見るなっ」なんて苦情がきた。


「さあてじゃあ歌おうかねえ」

「んで何歌うのさ」

「ひみつ〜」

語尾に星でもつきそうな勢いでそう言うと、無愛想な硬いギターのイントロが流れ出す。
六弦を奏でる指は、ギターを愛する手で。

声は高くもなく低くもなくて、心地よい。


歌は、拙い愚か者のラブソングだった。



「これさぁ、俺が初めて作った曲だったんだ」

「・・・へえ」

「まだまだ青い頃だった、うん」

「んで何さ」

「何って・・・まあ、この愚か者って俺のことなんだけど。よっしゃーもう一曲気持ちいいから歌お」

「あー?金ださねえよ?」

「いいっていいってー!ケチだけど」

おどけながらまた歌いだす。

明るいポップ調のギターの音色は夜明け前のラブソング。





そしてアイツは朝をつれてくる。






モクジ
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